ウィキペディアの記事に3Dモデルを使う

Wikimedia Advent Calendar 2019 | 2日目

今年の夏からフォトグラメトリ(SfM/MVS)という技術を用いて作成した石造物の3DモデルをWikimedia Commonsで公開しており、その一部についてはウィキペディアの記事でも利用しています。
3Dモデルの作成方法についてはこれまでも本ブログの連載に書いてきたので、今回は、ウィキペディアの記事に3Dモデルを使うことの意義について考えてみたいと思います。

1. 「大林寺 (横浜市)」で使用した二十三夜塔

大林寺は横浜市緑区にある寺院で、その記事はウィキペディア街道プロジェクト第13回のイベントで新規作成しました。
大林寺から南西に2Kmほど離れた岡部谷戸にある耕雲庵は、大林寺の飛地境内地にある無住の小堂です。元禄時代からの歴史があり、『新編武蔵風土記稿』には「耕雲庵 岡部谷ニアリ大林寺持ノ寮ナリ」と記されています。
現在の所在地名は長津田町ですが、1950年頃の地図には岡部谷戸の地名を確認することができます。岡部谷戸バス停にその名が残されていますが、バスは1日12往復程度の運行です。
二十三夜塔(耕雲庵)の3Dモデルを回転させると、左側面に「長津田邑岡部谷戸」と刻まれているのを見ることができます。右側面には嘉永元年(1848年)の紀年銘があり、現在ではバス停でしか使われなくなった岡部谷戸という地名が江戸時代後期には使われていたことが分かります。
角柱型の石造物では、このように側面や背面にも文字が刻まれることが多く、地域の歴史を知る上での貴重な情報源となる場合があります。しかし、それらを写真として記事に載せようとすると、正面、左右側面、場合によっては背面の4枚が必要になってしまいます。また、光の具合やカビや苔などによって、石に刻まれた文字は写真では読みにくいものですが、3Dモデルにすると、回転させることで光の加減を調整して文字を読みやすくすることができます。
石造物の野外調査では、可能な限りあらゆる方向から石に刻まれている内容を確認します。それと同じことをパソコン上で3Dモデルを回転させて体験することができるので、これまであまり熱心に石造物を観察した経験のない人にも、その楽しさを少しは分かって頂けるのではないかと期待しています。
この二十三夜塔は丹沢山地に産出する日向石のような凝灰岩でできており、風雨に晒されることで一部に剥離が見られます。特に左側面の下部は、これ以上剥離が拡がってしまうと刻まれた地名が失われてしまうため心配です。3Dモデルを作成することによって、石造物の現状を少しでも詳細に記録し、将来に伝えていくことができます。

2. 「地神塔」で使用した五神名地神塔

石造物の3Dモデルを作ろうと考えたきっかけは、五角柱のそれぞれの側面に神名の刻まれた五神名地神塔でした。六角柱の五神名地神塔もあり、その場合は1つの側面には神名の代わりに紀年銘や地名などが刻まれています。このような塔に刻まれた各神名を正面から撮影すると5枚の写真が必要になってしまいます。また、五角柱なのか六角柱なのかは、側面から撮影した写真では分かりにくいものです。
3Dモデルにすることで、回転させながら側面のすべてを見ることができるのはもちろん、上から見下ろして五角柱(または六角柱)であることを確認することもできます。
7月に私が執筆した地神塔の記事では、一般的な五神名地神塔について「五角柱や六角柱に『埴安媛命 倉稲魂命 大己貴命 天照大神 少彦名命』の五神名を刻む」という説明文を書きましたが、文章で読むのと3Dモデルを動かしながら見るのとでは説得力が格段に違います。
石造物の中には、六角柱の六地蔵石幢や、七角柱の七夜待石幢など、興味深い形のものがあります。3Dモデル化することによって、文章だけでは表現しきれない奥深さを伝えたいと思います。


3. 「神奈川往還」で使用した八王子道道標

神奈川往還は八王子市と横浜市を結ぶ道であり、江戸時代末期から明治時代にかけて鑓水商人と呼ばれる絹商人が往来し、絹の道とも呼ばれます。その鑓水商人の拠点である八王子市鑓水に残されていのが、慶応元年(1865年)造立のこちらの道標です。
正面には「此方 八王子」と刻まれており、その上部に彫られているのは鑓水商人の像だそうです。左側面には「此方 はら町田 神奈川 ふじさわ」、右側面には「此方 はし本 津久井 大山」と刻まれています。
鑓水の地で八王子を背にしてこの道標の前に立った時、町田を通って神奈川に行くには左に進めば良いことが分かります。かつて街道を歩いた人々も、この道標を見て左に進むべきか右に進むべきかと考えたものでしょう。3Dモデルによってそのような追体験が可能になり、自動車も鉄道もなかった時代に栄えた神奈川往還をリアルなものとして捉えることができるのではないでしょうか。

現在、石造物3Dアーカイブというプロジェクトで様々な石造物を3Dモデル化してWikimedia Commonsで公開しています。ウィキペディアでこれらを活用し、より深く効果的に伝わる記事作りを模索していきたいと思います。